ダヴィンチ手術とは・・・現場の医師が解説します
医療業界では様々な新しい技術が開発されて日々の診療に応用されています。中には今後の治療法の主流になる可能性を秘めた新技術もあります。今回は外科医を志望とする私が手術のメインオプションの1つになるのではないかと考えているロボット支援下手術について説明していきます。
手術に用いられる医療機器の歴史
外科手術の歴史として、医療機器が発展する前までは開胸手術や開腹手術が主たるものでした。開胸や開腹は名前の通りに、胸や腹を切開することで手術を行います。そのため、
開胸や開腹をすると傷口が広くなり患者への負担が大きくなってしまいます。手術後の合併症も多く、退院するまでに長い時間を要することがほとんどでした。
そこで、出来るだけ患者の負担を減らすような手術を行うために医療機器が発展し胸腔鏡や腹腔鏡を用いた手術が行われるようになりました。開胸や開腹手術と比較すると、かなり狭い傷口で手術を行えるようになり手術成績は大幅に改善しました。しかし、内視鏡だと実際の手の動きと同じように動かすことは出来ません。また、視野も開胸や開腹と比較すると狭いといったデメリットがあります。開胸や開腹手術と比べると難易度の高い手術方法です。
そこで近年開発され、注目を集めているのがロボット支援下手術です。
ロボット支援下手術は元々1990年代にアメリカ陸軍が開発を依頼したことから始まっています。その後、アメリカでは2000年にアメリカ食品医薬局から承認をされました。日本では2001年に臨床試験として導入されましたが、医療機器としての承認は2009年となっています。2012年に前立腺全摘術に対して保険適用が承認されると、日本でも急速に普及しました。現在では前立腺癌以外の疾患にも保険適用が承認されており、今後ますます臨床の場で応用されるのではないかと期待されています。
手術用ロボット、ダヴィンチの紹介
世界で用いられている手術用ロボットのほとんどは、これから紹介するダヴィンチと呼ばれるものです。ダヴィンチは3つの機械から成り立っています。
ペイシェントカート
これは実際に患者を手術する機械です。4本のアームがあり、そのうち1本は3Dの画面を見せることのできるカメラが搭載されています。残りの3本には術者自身が動かすことの出来るロボット専用の鉗子が接続されています。
ビジョンカート
ペイシェントカートから送られてくる画像から3D画像を作成することが可能です。
これにより、術者以外の医師も術野を見ることが出来ます。
サ―ジョンコンソール
術者が4本のアームを操作するところです。術者自身がカメラや鉗子を操作することが出来ます。
3. なぜ自分がダヴィンチ手術に注目しているか?
既存の治療法である胸腔鏡や腹腔鏡と比較すると、ロボット支援下手術は以下のようなメリットがあります。
低侵襲(からだへの負担が小さい医療)
手術では傷口の大きさや手術時間、出血量などにより患者さんへの負担が変わります。より負担を少なくすれば、手術後に患者さんが回復にかかる時間も少なくなるため、外科医はみな患者さんにとって負担の少ない低侵襲な手術をしたいと心がけています。
ロボット支援下手術では、開胸や開腹手術とはもちろんのこと、胸腔鏡や腹腔鏡と比較しても狭い傷口で手術を行うことが出来ます。詳細は後述しますが短期的な術後成績では、従来の手術よりもロボット支援下手術のほうが良いとの報告があります。
高精度
ロボットの鉗子には、どの方向からも操作できる多関節機能や術者の予期しない動きを抑える手振れ防止機能、手の動きを縮小して伝えることで繊細な動きを可能とするモーションスケール機能があるため、より精密な操作が可能となっています。
さらに、胸腔鏡や腹腔鏡の画面は2Dでありましたが、ロボット支援下手術では3Dです。
つまり、開胸や開腹手術と同じような視野で手術を行うことが出来るのです。
このようにロボット支援下手術は従来の治療法と比較すると低侵襲なだけでなく、より安全に手術が出来るように様々な機能があります。
まだ日本のすべての病院に普及しているわけではないですが、今後様々な疾患で応用されてくることが予想されますので、外科医を志望とする私が非常に注目している医療技術の1つなのです。
*鉗子:術者の手の役割をするロボットの一部です。各々の鉗子の先には臓器をつかんだり切断することの出来る部品が備わっており、術者が自由に操作できます。
ダヴィンチは、どのような手術で利用されるか?
ロボット支援下手術は、2012年4月に前立腺癌摘出術において日本で始めて保険適用となりました。その後、2016年4月には腎臓癌の手術で適応となっています。現時点で保険適用となっているのは先述したものを含めて、以下の計14の手術です。
・腹腔鏡下前立腺悪性腫瘍手術
・腹腔鏡下腎部分切除術
・胸腔鏡下悪性縦隔腫瘍手術
・胸腔鏡下良性縦隔腫瘍手術
・胸腔鏡下肺悪性腫瘍手術(肺葉切除又は1肺葉を超えるもの)
・胸腔鏡下食道悪性腫瘍手術
・胸腔鏡下弁形成手術
・腹腔鏡下胃切除術
・腹腔鏡下噴門側胃切除術
・腹腔鏡下胃全摘術
・腹腔鏡下直腸切除・切断術
・腹腔鏡下膀胱悪性腫瘍手術
・腹腔鏡下子宮悪性腫瘍手術(子宮体癌に限る)
・腹腔鏡下膣式子宮全摘術
上記のように消化器、呼吸器、産婦人科、泌尿器科のように多岐にわたる領域の手術でロボット支援下手術の保険適用が認可されています。
今後のロボット支援下手術の展開・予想
日本でロボット支援下手術が保険適用となってからまだ10年しか経過していません。その為、胸腔鏡・腹腔鏡とロボット支援下手術との長期的な成績を比較した臨床試験はありませんが、短期的な成績を比較した研究はいくつか報告されています。
例えば、腹腔鏡下直腸癌手術の治療成績について肥満症例と非肥満症例で比較した研究があります¹⁾。
この研究では、非肥満症例と比較して肥満症例では手術時間が長い、術後合併症率が高い、開腹移行率が高いことが報告されています。肥満の患者だと脂肪が厚くなる分術野が狭くなり難易度は高くなるので当然の結果だと思います。一方で、ロボット支援下手術において同様の比較をされた研究では、肥満症例と非肥満症例とで術中出血量、手術時間、開腹移行率、術後在院期間に差は無かったと報告がされています²⁾。つまり難易度の高い症例では、腹腔鏡よりもロボット支援下手術のほうが成績が良いということが分かります。
このように胸腔鏡や腹腔鏡よりもロボット支援下手術のほうが短期的な成績は良いとの報告はその他の疾患でも報告されています。
また、現時点では先述した14の手術しか保険適用がされておりませんが、その他の手術に関しても臨床試験としてロボット支援下手術が行われている病院もあります。
長期的な成績が出てからになるかもしれませんが、ロボット支援下手術の適応がその他の疾患にまで広がることが予想されます。
*開腹以降率:腹腔鏡で手術を行う予定であったが、術中の出血など何らかの事情で腹腔鏡での手術が困難と判断され、開腹手術に移行した割合のこと。
まとめ
本記事では、今注目されているロボット支援下手術について説明しました。
従来の治療法である胸腔鏡・腹腔鏡と比較すると、より安全に低侵襲に手術を行うことが出来るため、新たな治療法として大変期待されています。今後も適応がさらに広がることが予想さえるため、医療従事者は勿論のこと、一般の方も知っておいて損はないはずです。今後の進展に期待したいと思います。
参考文献
- Fung A, et al: Surg Endosc 31 : 2072-2088, 2017
- Shiomi A, et al: IntJ Colorectal Dis 31 : 1701-1710, 2016