再生医療シリーズ~皮膚科領域~
人間の中で最も大きい臓器はどこかと聞かれると、読者の皆さんは何を思い浮かべるでしょうか。
意外にも思えますが、実際は皮膚が人体最大の臓器です。
皮膚は人間の生存にとってはもちろん、身だしなみを整える整容の観点からも重要な役割を担っています。
本記事では人体最大の臓器である皮膚の再生医療について説明していきます。
皮膚の構造
皮膚の再生医療について説明する前に皮膚の構造について説明していきます。
皮膚は大きく分けて表皮、真皮、皮下組織の3層構造をしています。厚さは部位により異なりますが、0.6mm~3mmとなっています。
表皮はさらに外側から角層、顆粒層、有棘層、基底層に分けられます。
表皮を構成する多くの細胞は角化細胞と呼ばれ、基底層から発生し外側の層へと移動します。角層にまで移動すると徐々にはがれていきます。
また、皮膚の色を決めるメラニン色素を産生するメラノサイトや免疫に関与するランゲルハンス細胞が表皮には存在します。
真皮は繊維成分のコラーゲンやエラスチン、ゼリー状のコラーゲンという物質で構成されています。真皮には温痛覚などを司る神経終末(神経の末端)や汗腺、毛包、血管などが存在します。
皮下組織は皮膚の最下層にある組織で、大部分は脂肪で構成されています。そのため、クッションのように外力から体を守る働きがあります。厚さは体に部位によりかなり異なります。例えば、額や鼻の皮下組織はとても薄く2㎜程度ですが、腹部や臀部は5~10cmにもなります。
皮膚の機能
皮膚には下記のような重要な機能が備わっています。
体温を調節する。
暑い時は汗を出すことで体温を下げて、また寒い時は毛を立たせることで体温が外に逃げないようにします。
水分の喪失を防ぐ
表皮の角層がこの役割を担っています。実際、重症熱傷などで多くの皮膚が失われてしまうと、この役割を果たせなくなり脱水に陥ってしまいます。
外の刺激から守るバリア機能
転倒などによる物理的な刺激だけではなく、細菌やウイルスなどの異物が体内に侵入するのを防いでいます。
皮膚は上記に挙げたように大切な役割を果たしているため、重症熱傷などにより皮膚が多く失われた場合は命に関わります。また、皮膚の病気は人の目についてしまうため、命に関わらない皮膚疾患でも治療を希望される患者さんは多くいます。このような方たちにとって、とても有効な治療法の1つが再生医療です。
皮膚の再生医療―自家培養表皮
はじめに臨床の場で皮膚の再生医療が必要とされたのは重症熱傷の患者さんに対してです。重症熱傷のように広範囲にわたり皮膚が失われると、表皮の再生が間に合わないため先述した皮膚の役割が失われてしまいます。そのため、水分の喪失による脱水症やバリア機能の喪失による感染症などにより救命できないケースが多かったのです。救命するには皮膚が失われた部位を何かで覆う必要があります。他に人間や動物の皮膚が用いられていた時もありましたが、免疫による拒否反応により長期の使用は出来ません。拒否反応を防ぐには自分の皮膚を用いるしかありませんが、失われた部位が広範囲だとすべてを覆うのは難しいという現状がありました。それを解決してくれたのが皮膚の再生医療の1つである自家培養表皮です。
人間の表皮細胞の培養は1975年に始めてHoward Green教授により確立されました。その後、1983年に重症熱傷を負ったアメリカの2人の小児に対して、わずかに残存した表皮細胞から培養された表皮を移植する治療が行われ救命できたことで、表皮細胞の培養は世界中から注目を浴びるようになりました。日本では1985年より自家培養表皮の研究が開始され2009年に保険適応がされています。現在では熱傷だけでなく様々な皮膚疾患に応用されるようになりました。
再生医療の実用化
自家培養表皮がどのような皮膚疾患に対して応用されているのかを説明していきます。
熱傷
重症熱傷の場合は自家培養表皮が治療に用いられることがあります。熱傷は深達度により重症度が分類されており、熱傷が表皮のみのⅠ度熱傷、真皮浅層までの浅達性Ⅱ度熱傷、真皮深層までの深達性Ⅱ度熱傷、皮下組織までのⅢ度熱傷があります。Ⅲ度熱傷の場合、基本的には植皮が必要となります。そのため、Ⅲ度熱傷が広範囲にわたる場合は自家培養表皮の良い適応です。
表皮水疱症
表皮水疱症とは、表皮と真皮とを接合するタンパク質に生まれつき異常があるため、軽度の刺激で皮膚のびらんや水疱が形成されてしまう遺伝性の病気です。表皮がはがれて水疱が形成されるものを単純型、有棘層と基底層の間がはがれて水疱が形成されるものを接合部型、基底層と真皮の間がはがれて水疱が形成されるものを栄養障害型と呼びます。治療法は対処療法が主であり根治治療はないのが現状です。しかし、びらんや水疱を十分に洗浄した部位に自家培養表皮を移植することで、びらんや水疱が生じにくい表皮を作り出すことが出来るようになりました。この治療法は接合部型と栄養障害型の表皮水疱症に対して有効で、2019年7月より保険適応となっています。
母斑
母斑の中でも自家培養表皮の適応となっているのは先天性巨大色素性母斑です。2016年12月より保険適応となっています。先天性巨大色素性母斑は生まれつきある茶色~黒色のあざのことで、皮膚の中の存在する母斑細胞がメラニン色素を産生することが原因です。母斑の中には成長とともに消えてしまうものもありますが、先天性巨大色素性母斑は消えることなく、また皮膚の悪性腫瘍である悪性黒色腫を発症することがあるため、出来るだけ早期に母斑を切除することが必要です。治療法は様々ありますが、母斑が広範囲にわたる場合に特に有効なのが自家培養表皮です。従来の治療である分割切除術(母斑を何回かに分けて切除する)では母斑が広範囲であると切除回数が多くなり患者さんの大きな負担となります。また、植皮術(自分の正常な皮膚を切除し移植する)では自分の皮膚を切り取るため、母斑が広範囲だと、皮膚を切除する傷跡が大きくなります。自家培養表皮ではこのようなデメリットを克服できるのです。
尋常性白斑
尋常性白斑は何らかの原因により基底層にあるメラノサイトが減少、もしくは消失することで皮膚の色が白くなってしまう病態です。皮膚が白い部位にかゆみや痛みを生じることはありませんが、整容の面からはQOLを低下させてしまいます。治療はステロイド外用剤の塗布や紫外線を照射する光線療法があります。それらの治療で効果が乏しい場合は外科的治療を行います。皮膚の色が正常な部分を切除して移植する植皮術が従来の外科的治療でしたが、移植した皮膚とその周囲の皮膚の色調が異なり境目が目立ってしまうなどの問題がありました。しかし、自家培養表皮を用いると植皮術よりも整容面でかなり良い結果になることが知られています。デメリットとしては、先述した疾患とは異なり保険適応が無いため、治療費が自費になってしまいます。
まとめ
皮膚科領域の再生医療について説明しました。皮膚は整容面からも非常に重要な臓器ですので、興味のある方が多かったのではないでしょうか。皮膚科は再生医療が早くから取り入れられた分野であるので、自家培養表皮以外にも様々な再生医療を用いた治療法が生み出されることが期待されています。是非この記事を読んで、再生医療に興味を持っていただければと思います。