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更新日:2022/09/09
再生医療シリーズ~眼科領域~

人間の五感といえば視覚・聴覚・味覚・嗅覚・触覚でどれも失っては日常生活が送れないほど大切な機能の1つです。
五感の中で最も重要な機能は何ですか、と聞かれると皆さんは何を思い浮かべるでしょうか。
ある文献によると、我々が五感から手に入れる情報の内、80%程度は視覚から得ているとされています。確かにインターネットの発達した現在では、視覚から情報を得る機会が多くなっています。そのため、視覚を失えば日常生活にかなりの支障が出ることは間違いないです。そこで今回は、五感の中でも最も重要である視覚を担う臓器の眼と再生医療に関して話を進めていこうと思います。

医師ライター Syoss

眼の構造

再生医療はiPS細胞を応用して特定の細胞を作成することで、一度失った機能を取り戻すことの出来る治療法です。
眼に関する再生医療のうち、今回は角膜と網膜の再生医療について話を進めていきます。

そこで、再生医療の話をする前にそもそも角膜、網膜とは何なのかということについて説明していきます。
 眼の構造について簡単に理解するには、光の通り道を考えると良いと思います。
まず始めに光が通過するところが角膜です。角膜は血管の無い透明な膜で厚さは約0.5mmです。外側に向かって凸の形をしているため、入ってきた光を屈折させる機能を持ちます。

その次に光が通過するのは虹彩とその中央にある瞳孔です。虹彩は瞳孔の大きさを変えることで、眼に入る光の量を調整しています。光は瞳孔を通過した後、厚さ5mm程度の透明な組織である水晶体で屈折し硝子体を通過して網膜に到達します。
 網膜には明暗や色を感じる視細胞が多く存在しています。網膜に到達した光の情報は視細胞により視神経を通り脳の視覚野に伝達されることで映像となります。

眼科領域の再生医療―角膜

眼科領域の再生医療で研究が特に進んでいる分野の1つが角膜です。
角膜は光が最初に通過するところです。角膜は外側から主に上皮、実質、内皮に分かれており、その中でも特に重要な機能を果たしているのが内皮にある角膜内皮細胞です。角膜内皮細胞は水分が角膜内に侵入するのを防いでおり透明性を維持する働きを有しています。しかし、角膜内皮細胞は一度傷害を受けると再生することが出来ません。そのため、外傷や急性緑内障発作、加齢、コンタクトレンズの長期使用などの原因により角膜内皮細胞が障害されると、角膜に水分が入り込むため角膜が濁ってしまいます。これを角膜内皮障害といい視力の低下などの症状が出現します。角膜内皮障害がさらに進行すると、角膜の最外層である角膜上皮に水泡が生じて強い痛みが出現する水泡性角膜症となってしまします。

従来は水泡性角膜症に対する治療は角膜移植のみでした。角膜の3層すべてを移植する全層角膜移植だけでなく、混濁している層のみを移植するパーツ移植といった治療法も実用されています。しかし、移植には様々な問題点があります。例えば、一定の割合で拒絶反応が起きますし、また患者の数と比較すると圧倒的にドナーの数が足りていません。そのため、視力さえ治れば通常の日常生活を送れるはず多くの人が、必要な治療を受けられていない現状があります。その現状を打破できるのではないかと期待されているのが、慶應義塾大学眼科学教室による研究です。これは健常者の皮膚・血液などから作成されたiPS細胞を原料として、角膜内皮細胞と同等の機能をもつ角膜内皮代替細胞を用いたものです。その細胞の懸濁液を眼球内に注入することで細胞が角膜に定着し、角膜の浮腫を改善して角膜の透明性を得られるといった治療法です。懸濁液を注入するだけなので、角膜移植と比較すると傷口が小さいです。そのため、侵襲も小さく患者への負担も少なく済みます。また、角膜代替内皮細胞はiPS細胞から一度に大量に培養することが可能であり、かつ一定期間凍結保存が可能です。そのため、従来の治療法の問題点であるドナー不足も解決することが出来ると考えられています。

眼科領域の再生医療―網膜

次に話をするのは網膜に関する眼科領域の再生医療です。
対象となる疾患は網膜変性疾患で加齢黄斑変性症や網膜色素変性症などが挙げられます。
今回はそのうちの加齢黄斑変性症に対する再生医療について述べていきます。

加齢黄斑変性症について説明します。
加齢黄斑変性症とは網膜の中心部に位置する黄斑というところが、加齢に伴って異常をきたし視力が低下する疾患です。
網膜には視細胞が多く存在しますが、視細胞は働きにより2つの細胞に分かれており、それぞれ杆体細胞(かんたいさいぼう)、錐体細胞(すいたいさいぼう)といいます。
杆体細胞は暗い所で物を見る時に働く細胞で黄斑を除く網膜の広範囲に分布しています。一方で錐体細胞は明るいところで物を見る時に働き黄斑部に多く存在します。そのため、加齢黄斑変性症では、加齢により黄斑部の存在する錐体細胞がダメージを受けるため、明るいところで物を見る働きが損なわれます。具体的な症状としては、物が歪んで見える変視症や中心が黒く見える中心暗点、そして視力低下をきたします。
また、加齢による黄斑部の変性の仕方にも2種類あります。一つは萎縮型加齢黄斑変性と呼ばれるものです。これは、網膜の外側に存在する脈絡膜や網膜色素上皮層が加齢によるダメージにより萎縮することが原因となり視力が低下します。もう一つが日本人に多いタイプで滲出性加齢黄斑変性と呼ばれるものです。これは新しい血管を新生する作用を持つ血管内皮増殖因子により脈絡叢から網膜の視細胞に栄養を送るための新生血管が出来ます。新生血管は通常の血管と比較するともろいため容易に破けて出血をしてしまいます。これにより視細胞がダメージを受けて視力が低下します。
従来の治療法としては薬物療法や光線力学的療法があります。薬物療法は先述したVEGFの働きを抑える抗VEGF阻害薬を用います。また、光線力学的療法は新生血管にレーザーを当てて新生血管を消す治療です。どちらも治療効果が不十分な例が多くあるため根本的な治療とはいいがたいものでした。そこで近年脚光を浴びているのが再生医療です。

2016年度より理化学研究所では他人のiPS細胞から作成した網膜色素上皮細胞を移植する研究が開始されました。方法としては、手術により患者の新生血管を取り除き、その部位にiPS細胞から作成した網膜色素上皮細胞を移植します。手術により新生血管を取り除くと網膜色素上皮細胞も同時に取り除かれてしまうため、従来は視力を回復させることが出来ませんでした。しかし、この方法を用いれば原因を除去し、かつ視力を回復させることが出来るので根本治療につながると考えられています。

今後の展開

眼科領域の疾患は失明につながる可能性もあり、他の臓器の疾患以上にQOLを下げてしまいます。
再生医療による根本的な治療を行えれば、多くの人の社会復帰にもつながるため、眼科領域の再生医療は非常に期待されています。
資金面などの課題もありますが、今後の研究結果を期待して待ちたいと思います。

・参考文献
1:産業教育機器システム便覧 教育機器編集委員会編 日科技連出版社 1972
2:屋内照明のガイド 証明学会編 電気書院 1980
3:Hatou, Shimmura et al. 2021 Stem Cell Res